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2004年 高校一年生の時。ぶんたが二学期から同じクラスに編入して入ってきたしょうと知り合う(1年A組)お互いの共通点に気づいた2人はその後、なんとなく2人で歌い始める。初めて合わせた曲は河口恭吾の曲。

2005年9月
2人は学校のライブイベントに「Three Trick」として出演。このときは5人組で(Vo-しょう、Gt-ぶんた)主に洋楽のパンクを演奏。直後、解散。

2005年12月 合宿@ホームステイ菅原

2006年3月
2人組みで当時の高校3年生のための卒業ライブに「Polka Dot」として出演。

卒業ライブ後、しょうにぶんたから一通のメールが届く。
「人は偶然としか言えないような出会いから、友達になったり、恋人になったり、バンドを組んだりしてる。俺等の場合、1−Aで知り合ったから、出会いという意味の「一期一会」から「一会(=1−A)」をとって、「一会」としてやっていこう。どうよ???」

2006年3月23日
 一会(いちえ)結成
                  


2人の出会いは2004年の9月。しょうが編入生として高校に入学してきて、ぶんたのクラスの前で自己紹介をする。

クラスに入ってきた時のしょうの第一印象は… 「アメリカンなやつ」。クラスが楽しくなりそうな気がした。(ぶんた)

数日後の英語のクラス。A組同士で固まり、そこではじめてぶんたとしょうが言葉を交える。

真っ先に僕に喋り掛けてきてくれたのはぶんただったし、一番話しやすかった。この気さくさ、間違いない、こいつはフロムアメリカだ。(しょう)

「自分、どっから来たん?」
「アメリカ。自分は?」
「アメリカ。」

共通点が見つかった二人は次第に会話を膨らませ、やがて音楽のはなしに。

「どんなジャンルとか聞く?」
「俺平井堅好きやねん」
「おぉ〜いいね(笑)」

それから2人は次第に仲良くなるが、その頃はまだ同じクラスの友達という関係に過ぎなかった。

同じ年の10月。

学校は文化祭に向けてのクラスの出し物の準備で賑わっていた。クラスの男子数人で休憩している時に、しょうが何気なく、大好きなChemistryのナンバーを歌う。その時だった、ぶんたを含むクラスの連中はしょうの隠れた才能に始めて気づく。

数日後、ぶんたがギターをやっている、ということをしょうに打ち明ける。早速しょうはぶんたにギターを学校にもってくることを提案する。そのときぶんたが弾けて、しょうが歌えた曲は、河口恭吾の「桜」。教室の窓から外に出て、中庭で2人であわせる。このとき通り過ぎるほかの生徒たちから見られていたのだが、おかまいなしに演奏した。この頃から羞恥心はあまりなかった。その後もなんどか学校にギターを持参し、教室であわせる。具体的に活動をする、という話はなかったが、ぶんたが、「俺の夢はストリートに出ることやねん」とは言っていた。

そんな形で月日はながれ、お互いは2年生に。

その年の9月、バンドを組んで学校のイベント「バンド祭」に出ることを決意。ドラム、ベース、キーボードを助っ人として迎え、二人にとって初ライブを行った。しかし実家の名古屋で夏休みを過ごしていたしょうや、部活の日々を送っていたぶんたのこともあり、皆で合わせる回数があまりにも少なかった。そして夏にエレキを始めたばかりのぶんたは、アンプの使い方もイマイチ理解していないまま本番を迎える。本人曰く未だに理解していないらしい。

演奏はどこかぎこちなく、トップバッターを務めた彼らの観客のノリはイマイチで、しかも演奏の途中でベースの音が出なくなるという時もあった。しまいには、エレキでクラプトンの「Tears In Heaven」を演奏するという、かなり無理があるような演奏をしてしまったのだ。

投票製でトップバンドを決めるこのバンド祭だったが、彼らの結果は言うまででも無い。それからしばらくして、卒業ライブの日も近づいてきたとき、ぶんたは打ち明けるように言った。

「このまま2人で出えへん?弾き語りみたいな感じで」

ぶんたは今までずっとこういう形でやりたかったのだろう。そして、2人組みで卒業ライブに「polka dot」として出演。ここで、2人は何かを感じる。

ライブも終わり自宅へ帰ったしょうのケータイに、ぶんたからメールが届いた。

「以下省略。一会としてやっていこう」

一会の歴史